銀座日記

2009年11月24日

最近、池波正太郎にはまっている。今年の6月、コロムビアの社長を退任するとき、友人が池波正太郎の剣術商売を読むことを薦めてくれたときからである。それまで、池波正太郎の作品とは無関係であった。剣術商売はエンタテインメントとして読んでみた。
ちょうど、本業を引退した60才前からそれ以降の剣術家についての話だから年齢的にはちょうど一致するのでおもしろく読んでいたが、そこに出てくるいろんなトピックス、風習とか、食べ物とかのバラエティの広いことに関心が向き、池波正太郎という作家そのものに興味が移りはじめた。
時代小説以外の作品を探していたら、銀座日記というエッセイにぶつかった。たぶんこれは池波正太郎の生活日記であろう、とおもい購入し読み始めた。今、ちょうど半分を少しすぎたところである。
読んでいた判った事は、作家というのはきわめてストイックであることであり池波正太郎という作家は締め切りに追いかけられる作家というよりは締め切りを追いかけていた作家といえるほど制作のスケジュールに関してはストイックであった。そのストイックな姿勢から生まれるストレスをどこかに逃がしていたはずである。最初、銀座日記を読んでいたときにはそれに気がつかなかったが自分が作家の真似事でもしてみたい、とおもった今年の夏ごろからは池波正太郎の裏側にあるストレスに気がつき、それの解消法にも急に興味が沸いてきた。
今日は勤労感謝の日で休日。いつものように朝食の後ゆっくり風呂につかりながらこの銀座日記を読んでいてはっときがついた。
この日記を書いているときの池波正太郎はもう60歳を過ぎているはずである。しかし、食欲は減ったといいながら、その食べているものはとんかつ、てんぷらうなぎ、、、、いずれもカロリーの高い食べ物ばかり、一日の食事の様子をみてもどうも寝る前に何かを食べていたりしているし、不眠症らしく寝る前にはある種の睡眠薬を服用している様子も見える。そんな食環境にありながら、毎日コンスタントに原稿用紙3枚から4枚を書いている。実際、自分で試してみると、原稿用紙3枚、つまり1200文字をまともに書くのはとても大変なことである。
そこで、気がついたのはこのコンスタントでストイックな制作姿勢で蓄積されるストレスの発散があのカロリーオーバーとも思える食に対するこだわりと銀座のショッピングであると気がついた。
経営においては集中と選択、といわれる。この集中と選択という考え方には必ずしも賛成ではない。集中と拡散ではないか、拡散から次の時代のなにかガ見つかるのではないか、将来への投資は拡散ではないか、というのが私の考え方である。
集中するとそれに伴いストレスも集中する。それを拡散することによってまた集中する力がわいてくる。
池波正太郎の場合、著作に集中しながら、それをうまく、山の上ホテルでの時間のすごし方、銀座から神田あたりでの食事、銀座でのショッピングという神経のテンションの拡散行動との組み合わせで我々を楽しませてくれる作品がうまれたのだ、と実感。
今年、2009年の勤労感謝の日の収穫である。

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