腱鞘炎X老化現象

2010年1月29日

年をとると、老化現象という要素がいろんなことを更に強化あるいは劣化させてしまう。
そんな身近な体験が腱鞘炎。
ブログを書くのを半月も休んでしまった。言い訳がましいが、昨年の12月はじめごろからおきていた右手の腱鞘炎のためである。
首の凝りが激しくなり、肩が痛み、右腕がしびれ始めたのが12月10日ごろ。
そのころテレビをみていたらパソコンを使いすぎると眼精疲労から首、肩の痛みに広がることを指摘しそのための薬のコマーシャルがあった。
これだ!と思いドラッグストアの前まで会に行ってちょっと考えた。これは対処療法ではないか?本来は眼精疲労を少なくするべきではないか?
ちょうどそのころわたしの友人のT教授が家のパソコンのモニターを変えたら飛躍的に快適になった、と書いていた。M電器の23インチのモニターに変えたそうである。その価格は3万
円たらず。実はこのモニターの話を見つける前は眼精疲労軽減のためにパソコン専用のめがねを作ろう、と考えていた。しかし、めがねよりもこのモニターのほうが安いではないか。そんなわけで12月の下旬にモニターを23インチに変えた。目はとても楽になり、それまであった目の奥がジーンと痛む状況は改善された。しかし、右手が痛み、しびれるのは変わらない。
そのころ、またT教授が、キーボードを買ってノートパソコンにつなげていることを知った。
このT教授、その買い物はほとんどがくだらないものなのだが時々とても役に立つものを見つけてくる。今回は念のためキーボードのメーカーとモデルを問い合わせて確認。さっそく発注したがこのスピードの世の中、届くのには最低3週間はかかるという。
ようやく、今週の初めに届き、ノートパソコンに接続。いまや、家ではノートパソコンに23インチモニターとトラックポイントのついたキーボードと言う構成。
キーボードの効果はあらたかで、そのおかげでこのようにブログを打てるところまでになった。
ただし、実はモニターを変えても腕の痺れが時々発生するので、ひょっとしたら軽い脳梗塞をおこしてはいないか、と心配になった。
周りを見ているとそんなことが起きても不思議の無い年齢である。そこで正月明けに難しい状況になったときに相談に行く六本木の名医のところにでかけた。この先生は疲れがどうにもならないくらい酷いときに飛び込む私にとっての駆け込み寺である。
私の話を聞いた先生、すぐさま、‘首のレントゲンをとりましょう‘という。すぐにレントゲン撮影をされ、それがすぐに出来上がって再度先生の診察。
これにいたる時間が30分かかっていない。このスピード感がこの先生のきもちのよいところである。
先生は写真をみつやいなや、‘ひろせさん、これは頚骨の変形です‘といわれる。頚骨の変形と聞いてかなりどっきり。‘どういうことですか‘と聞くと老化現象のひとつですよ。もう当然起きてもよいお年ですからね。スポーツ選手は体を酷使するから腰とか膝が20台でこうなることもあるのですよ‘となぐさめられたが、こちらは老齢宣告をされたようなものである。
頚骨の変形と腱鞘炎とがダブって痛みとか痺れが首から右の手の先まで出ていることが判った。年齢と言うドラが状況を増幅しているわけである。いま、定期的に先生お勧めの鍼に通い、ビタミンB12とビタミンEを服用。パソコン環境は前述のように大幅改善。
そんなわけでやっとブログ復帰である。ゆうべ、銀座のアップルストアで27インチモニターのついたiMacをみた。その圧倒的なモニタースクリーンとコンパクトなフットプリントを見て、次はこれにしよう!とおもったが、、、、
しかし、その前に使ってみたいものがある。iPadである。NewtonのユーザーでThinkpad110で格闘したものとしては絶対使ってみたい。

眼精疲労、肩こり&パソコンめがねOR23インチモニター

2010年1月13日

一ヶ月ほど前から肩、背中、腕の痛みになやまされている。
ひとつの原因は眼精疲労らしい。その対策は、、、、
わたしはもともと肩こりのひどいたちで、記憶では小学校6年のときに
肩こりで祖母とお互い肩のもみっこをしていた覚えがある。
それがさいきんますますひどくなり、肩から背中、さらには腕にまでいたみがひろがってきた。
そんな時、テレビの薬のコマーシャルで眼精疲労からの肩こりの薬の宣伝をしていた。
どうも自分のこの状態もパソコンの見すぎからくる眼精疲労が原因ではないかと考え、まずはその宣伝されている薬を買いに薬局まで出かけたが、その値段が馬鹿にならず、薬を飲むのは根本的な解決にあらず、と勝手に考えそのまま家にユーターン。
そこで考えたのはパソコン用のめがねをつくること。これもたまたま新聞にめがねの広告があり、そこにパソコン専用めがねが出ていた。
よし、週末にこれを作りに行こう、とほとんどめがねを作ることに決めていた。
そんなとき、友人がどこかにパソコンのモニターを大きくしたら快適、ビデオのきれい、なんてことを書き込んでいるのを見て、、、、めがねかモニターか、、、、モニターのほうが根本的な解決策のようにおもいつつ、まずは量販店にモニターを見に行った。
なんと、23インチのすごくきれいなモニターが31,200円!この価格はめがねよりも安い!(次自分は乱視がはいっているので)というわけで、眼精疲労対策は薬の検討から専用めがねに進み、結局はモニターを大きくした。
それにしても23インチで31,200円はやすくなったものだ。いまやパソコンを叩くときにはもうめがねはいらなくなっている。

地図にコンパス

2010年1月11日

昨日、コンパスを購入。ちょっと精度のよい物が欲しかったので渋谷の東急ハンズに行き、製図用のコンパスを買った。2900円。
買った理由は地図の上で距離を比較したり、ある地点からの到達範囲を知ったりしたいためである。すっかり地図にはまっている。
それではなぜ、距離の比較をしたくなったのか?普天間基地の移設問題である。
このところ結構話題の中心にある、在日米軍の現在普天間にあるヘリコプター基地の移転先の議論である。
一昨日のニュースを見ていたら、官房長官が沖縄に視察に行くという。2日間かけて視察するのだが、その中に新たに移設候補と名前の出てきた二箇所があるらしい。
そもそも、外務大臣がいて、防衛大臣がいて、、、それで、なぜまた官房長官が、、、ということも気になるが、それはさておきこの二箇所の視察地のひとつに下地という場所があった。
以前宮古島に行ったことがあるのでこの島の名前が頭にひっかかった。
そこで地図をさっそく広げてみたら、この下地が宮古島の近くの場所であると言う理解で間違っていなければ、その場所は沖縄本島からかなり南に位置し、沖縄本島と台湾との中間くらい
のところにある。
そこでどれくらい離れているかをほかと比較したいためにコンパスの調達となったわけである。コンパスの幅を沖縄の那覇と宮古島にセットして、その幅をほかの場所と比較してみる。
東京を起点としたときの東海道の上では彦根あたりまでの距離である。
韓国のソウルを起点としたらちょうどプサンまでの距離と等しい。
上海を基点としたら南京までの距離とほぼ同じである。軍事のことはまったく疎い。
しかし、将棋を考えるとどこに駒を置くか、と言う場合に自分だけの都合では決まらない。相手の布陣を考えその先も見通し駒をおくのではないか?そんな風に考えると沖縄本島から南に300数十キロ離れている場所がどうこう、というのではなく、移転先はおのずから描いている作戦、戦略の観点からも絞られてくるのではないのだろうか?そんな視点の議論はまったくメディアには出てこないが地図を見ていたらそんなことを思ってしまった。
地図は面白い。見る前にはまったく考えもしなかったことに気づかしてくれる。

世界地図ーその2

2010年1月 9日

そもそも、世界地図を買ったのは日米、日中という対比が地図上ではどうなっているか、と言う興味からだった。ところが、、、、地図帳をまず広げてみる。
最初のページにはメルカトール方式の世界地図がある。実は地図の表現の仕方はそれぞれの国によってちがうらしい。自分の国を地図の真ん中にもってくるらしい。
たしかにこの地図でも日本が地図の真ん中にある。その右側はほとんどが太平洋である。
そこで気がついたこと。太平洋をなくしてしまえば日本はハワイにくっついているし、アラスカ、カナダの西海岸アメリカの西海岸、メキシコ、ペルーにつながっている!
つまり、太平洋の上には障害物がないとかんがえたら日本はこれらの地域と密着している。
そういえば、日本の移民が出かけて行き定着しているのはハワイ、メキシコ、ペルーではないか!地図を買うまでは実は私のきもちのなかでは南アメリカは遠くの存在だった。
しかし、こうやって見てみると南アメリカはとても近い存在と感じる。
過去に日本からこれらの地域に移民し定着したのはこの感覚と無縁なのだろうか?
ちなみに距離的には近い中国に日本移民が定着した、と言う話はあっただろうか?
太平洋をかこむ社会の共通性がなにかあるのではないだろうか?
ぜひ、地域を太平洋を中心にしてみてみたらどうなるか、、、、

真新しい手帳

2010年1月 6日

手帳は新年を表す。
10月ごろになるとあちこちで手帳を売り出す。昨年の売れ筋はクオヴァディスと言うメーカーの製品だったとか、でも、、、、、
今年の仕事始めは1月5日だった。新年早々、‘にやり‘とする風景を地下鉄の中で見かけた。
それも、行きも帰りも、、二回も、である。朝は普段より少々早めにでたのでちょっとラッシュをすぎたころ。
始発に乗ったので席に座って向かい側をみると中年男性ビジネスマンがふたり、手帳をとりだして一生懸命なにか書き込みをしている。お二人ともけっこうおしゃれな手帳である。
特に一人は特徴的で、明るい茶色の、スエードっぽい表紙の手帳にワインカラーのローラーペン(みたところモンブラン?)で書き込んでいる。もうお一人は黒い皮表紙の手帳である。
地下鉄の中なので写真を撮れなかったのが残念である。この写真はぜひ撮っておきたかったのだが、、、、わたしも手帳は大好きである。しかし、昨年は買わなかった。一昨年も買わなかった。理由は簡単である。もう何十年もの間、手帳を買っては一月もたたないうちに使わなくなる。せいぜい昔は電話帳としてつかうくらいであったが、最近はそれも携帯電話になってしまったから手帳はますます遠くなってしまった。
使わないとわかっていても、2,3年に一度は買ってしまう。なぜ、使わない、放り出すと判っているものをいい大人になっても買ってしまうのか自分でもよくわからない。買うときに‘来年は必ずつかうぞ‘と決心して買っているわけでもない。たぶん、また放り出すだろうな、とおもいながら買っている。ほんとにアホである。
地下鉄の向かいに座っている中年男性二人をみてこんなことを考えながらひょっとしてこのお二人もわたしと同じ三日坊主ではないのだろうか?とおもっていた。薄茶色のスエード風の手帳にワインカラーのペンで書き込んでいる人は絶対三日坊主である。なぜって、手帳の機能よりも手帳を持っている自分のスタイルに満足を感じているようにおもうから。もう2週間もすれば机の上に放り出してしまっているだろう。

世界地図 つづき(1)

2010年1月 6日

世界地図 つづき(1)
昨年、大晦日に、‘正月は世界地図を見て、、‘と意気込んで中学生以来はじめて地図帳を買ったところまでは前回の12月31日のブログに書いたが、、、、
じつは元旦の朝から腰、背中、肩に激痛とはいわないまでもかなりの痛みがでて家の中の階段を下りるときにも腰に響くほど、、、結局正月三が日では体調戻らず4日も自宅静養、昨日からようやく活動を開始。でも腰をかばって歩くのでなにかおかしい。


まず、世界地図を買う気になった理由から。年末になると今年はどんな年だったかな、と思い返すのは誰しも同じだろう。
クリスマスも過ぎて、今年をなんとなく思い返していたらいくつも思い浮かんだなかに二つのことがあった。
それは長年外交的には日米、日米、で進んできたのがこの秋以来とくに日中あるいは日米中という具合に中国が今まで以上にクローズアップされてきていること。
これまではおもに経済圏としての中国に注目が集まっていたがこのところの熱は外交関係にまでひろがってきたこと。
さらには2010年には日本はGDPで中国に追い抜かれ世界第二位の地位から転落する、という言い方。
この二つが気になって、世界は日米中だけか?米国を一言で米国といっていたがそれでよかったのか?中国は13億人という日本の10倍の人口を抱える国なのに一言で中国と言ってしまってよいのか?こんなことが気になり、そうだ、世界地図を見よう、とおもったわけである。
世の中いろんなことが変化している。しかし自分たちが暮らしているところで変わらないのは地球でありそれを目に見える形にしているのは地球儀だがまずは地図を見よう、地図をみると地政学的な視点にたてるから普段とはちがった世界の見方が出来るのではないか、とも考えた。
最近、ある意味でネットにおぼれている。ネットだけが世界の人もずいぶん増えているのだろう。ネットは距離感を狂わす。距離をなくすことがネットの強みだとすれば物理的存在である我々にとって距離感をなくすことでなにか失っている、、、こんなこともこのところ強く感じている。ネットに接しているとどうしても物事を点で感じているような気がする。
俯瞰的ではない。これはわたしの使い方がうまくないからかもしれないが、、こんなことが突如世界地図を買うことに結びついたわけである。もう正月は過ぎてしまった。
自分に課した正月の宿題はまだ終えずにいる。
しかし、来年の正月にこの宿題を持ち越すにはもったいないテーマだとおもっている。
そこで正月は過ぎてしまったが、これからしばらく世界地図をかばんに入れて持ち歩き、暇を見つけてはそれを眺めながら今年のヒントを見つけよう。