朝ドラに「ミタ」を見つける

2012年11月14日

3週間ほど前に、今NHKで放映されている朝ドラの脚本作家は
「家政婦のミタ」の作家だと聞いて以来、この朝ドラのどこかに
ミタがいるはず,と思ってみていたところ、昨日,ようやく、ベルの
女性マネージャーがミタ的であるのに気がついた。
あの無表情で、社長と何か因縁のありそうな女性である。
作家は意図したかどうかわからない。
ひょっとして、意図せずに書いたのに見ている私がそう感じるのかも
しれない。
このようにあまり筋書きとか構成とかとは別の観点でドラマを見るのも
面白い。自分勝手に納得している。

中国共産党大会始まる

2012年11月 9日

昨日から5年に一度の中国共産党の全国大会が始まった今年は10年ぶりにトップの交代の年
ひな壇には現総書記の胡錦濤とその右となりに後継者の習金平がいるのは当然だが、左隣はなんと江沢民!習金平の顔が何となく元気がなさそうに見えたのは気のせいか?
今の中国の状態を一言で言うと、平等でもなし、自由でもなし。これからの十年はこの方向の選択が迫られる十年だろう
つい昔、偉い人が「白い猫も黒い猫も、ネズミを捕まえる猫はみんなよい猫だ」と言って経済発展へのステップを踏み出した白い猫も黒い猫も捕まえてきたネズミはその他の猫にも分配される約束だったたしかに白い猫も黒い猫も競争してネズミをつかまえたので沢山のネズミを
捕まえることができた。ところが、黒い猫は悪い猫で自分が捕まえてきたネズミを分配せずにこっそり溜め込んでいた。
今までは捕まえてきたネズミをみんなに分配していた白い猫までこれを見てこっそりネズミを溜め込むようになった。そのうち、ほかの猫たちはネズミの分配が少ないことに気がついた。
そして、誰かが捕まえたネズミを溜め込んでいることをうすうす知り始めた。
「捕まえたネズミは約束通り分配しろ!」
猫たちはあちらこちらで騒ぎだした。溜め込んでいる猫を叱ってネズミを分配させようとしたが、親猫まで溜め込んでいたので、それを知っている黒猫も白猫も言うことをきかない。
さてどうなるのだろう?続きは10年後。

プラダを着た悪魔は名編集長で最高の上司

2012年11月 1日

数年前に上映された、プラダを着た悪魔がテレビで最近再放映されていた。
しばらく経って見てみると最初に見たときとは全然異なる印象。
一言で言うと、プラダを着た悪魔は名編集長且つ最高の上司、であった。
プラダを着た悪魔は確か2006年に封切られた映画で、そのファッショナブルな内容と、メリル・ストリープ扮するファッション雑誌の編集長の新人いじめが当時のわだいだった。映画のキャッチフレーズは最悪の上司、、、、。
この映画はメリル・ストリープ扮するミランダという「ランウエイ」というファッション雑誌の編集長とアンハザウエイ扮するアンドレアという新入りアシスタントを軸に、ニューヨークのファッション業界、メディア業界の中で働く人たちのなかの意地悪編集長と田舎出身のアシスタントのやり取りを描いている。なにかにつけて横暴で意地悪な編集長と、最初はドジばかり踏む新人アシスタントの成長ぶりがもっぱら描き出されているのだが、その背後を考えながら見ていると、これはどんでもなく、優れたマネジメント読本だ、と気がついた。
もちろんパトリシアフィールドのスタイリングのファションだけ見ていても十分楽しいが、次の三つの点で大いに参考になる映画である。DVDが安くで出ているのでぜひ興味のある方にはオススメする。
1.トップクオリティの雑誌はこんな編集長がいて、初めてできるものである。「ランウエイ」の創刊周年パーティーで司会者が編集長のミランダをたたえる言葉がある。それは「ミランダは、ファッションの美の評価の基準を世の中に示し続けてきた」という言葉である。この言葉は、メディアのあるべき姿としてそのメディアの担当する分野に関して世の中に評価の基準を示すのがその役割である、と言っている。まさにメディアの役割とその中心である編集長がやるべきことを一言で言い表している。この言葉をふまえてミランダの振る舞いをみていると、その姿勢、行動にも納得がいく。何も編集長に限っただけでなく、世の中の管理職に必要な資質を示している。優しさ、生ぬるさの正反対に位置するが、主張をするにはそれだけの気構えが必要だということを教えてくれる。
2.厳しい上司のもとで、部下はみるみる育っていく
編集長であるミランダは新人アシスタントであっても容赦せず自分の要求水準を満たす仕事を要求する。この厳しさのなかでアンドレアはどんどん成長していく。部下の育成というものはなんであるのか、そのひとつを示してくれている。過保護のもとでは人は育たない。上司は部下とまともに対峙して育成しなければいけないというお手本である。
3.部下たるもの、ぼやきは何の役にも立たない。ただ、全力で要求に答えることである。
それが成長への最短距離であることを教えてくれる。
以上、3点、最近の我々の世界では、ひょっとして忘れ去られてはいないだろうか。
メディアには主張があるのだろうか。