グローバルビレッジ

2010年6月15日

今回も、実は今講義をしているクラスの学生から集めたクイズの返答集
(解答ではない)である。
質問は‘グローバルビレッジという言葉からどんなイメージをもつか‘である。この言葉はマーシャルマクルーハンの言葉として知られているが、いまのインターネット上のSNSを予言しているようにも見えるし、もっとべつなものかもしれない。
今回もまたとても興味深いレスポンスを貰ったので紹介する。

Quize グローバルビレッジという言葉から持つイメージは?

 交通機関の発達によって遠くまではやく移動できるようになったように(遠かった場所が近くなった)通信速度が向上して世界中の人と簡単にコミュニケーションがとれるようになるというイメージではないかと感じた。ビレッジという言葉はちょうど隣の人と会話するように世界中のどの場所にいるひととでも会話できるということだとおもう。

 はじめはビレッジというくらいだから村と村をつなぐ架け橋的なものかと思った。
 話を聞いていて、また今の世の中を見ていて、いまやネットワークが世界的規模で広がってきて世界がひとつの村という感じがする。

 ‘世界がもし100人の村だったら‘という本がある。自分はグロー^バルビレッジという言葉をこれに似たものであるとおもった。
 つまり、世界を小さな村にまで縮小してかんがえる、というものである。
 パソコンが普及しネットワークが発達した結果世界はいままでよりとても小さくなったと思える。グローバルビレッジとは境をひとつの村として見立てて考える考え方である。

 地球をひとつの村であると考えること。
 広いようでいて実は狭く、みんながみんなつながっている印象がある。
 
 小さな村々がひとつひとつつながって世界をつくっているというイメージ。
 インターネットというイメージが強いがそれだけでなく様々な場面でグローバルビレッジは成り立っていると思う。
 たとえば大学だって様々な学部学科から成り立つ集団。この学科も様々な人から成り立ち、つながることによって何かを創りあげようとしている。
 主観的なイメージは、明るい、未来的、平和な思いやりのある、などプラスのイメージ。

 ビレッジという言葉から、村のような周囲から切り離されているひとつの集団というイメージを持つので、グローバルイメージと言う言葉からは境がひとつの村のように情報を共有しあうのでまったく知らない人でも同じ情報を持つことで仲間のように感じるイメージ。

 世界中の人と相互に容易に気軽にコミュニケーションが出来るイメージ。ビレッジ内のお互いがお互いを知っていて相手が自分の身近な存在でいつでも簡単にコミュニケーションがとれるというのが世界規模に広がった感じ。

 ある狭い範囲に存在している情報を隠すことなく世界に届ける、といういう感じ

 世界規模で従来の‘村‘のように人と人のつながりがより深くより近い関係

 世界中が凝縮されているような距離の概念があやふやなイメージを持つ。また、ご近所付き合いが盛んだった昔の日本のような温かいイメージも‘ビレッジ‘という言葉で浮かんでくる。
 世界中の人が身近に感じられる世界になれば戦争はなくなるのではないかと期待しますがその前に言語的障害がなくならなければならないとおもう。特に日本人は外国語に関して消極的な印象がある。

 ‘街‘をあらわす‘City‘などではない、あえて‘村‘を表す
 ‘Village‘という点でそこに存在するものが助け合い、互いにかかわりあいながら向上していくイメージ。世界中のものがむらのようにかかわれるというような、、、

 グローバルは文字通り世界規模、というイメージ。
 その構成要素は個人からー>ビレッジあとは村が起こるような少しずつどんどん発展していったイメージ。

 世界的小規模集団。
 たとえばインターネット上で趣味のサイトがあったとするとそのサイトには世界中の人がアクセスすることが出来る。しかし趣味のサイトに定期的にアクセスする人は限られているためそこにコミュニティが出来る。すると、そこには世界中から集まった小さな村が出来るといえると思う。SNSに関してもSNSが一番盛り上がるのは人数が少なくお互いにお互いのつながりが強い時期だと思う。そういった意味ではコンセプトを持たせたSNSというものがSNSが発展するのではないか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です