コンテンツホルダーは配信を配信事業者にまかせてよいのか?

2010年6月28日

今年は電子書籍が一気に話題になってきている。数年前からいろいろな試みがなされてきたが、それがここにきてこれまでの技術的な課題が一挙に解消され実用的な環境が揃ってきたためであろう。
ところで電子書籍の議論を見ていると相変わらず紙に印刷されたものがネットで配信されそれを端末で読む、見る、触れる事が出来る議論でとどまっている。この議論にとどまっている限りコンテンツホルダーにとっては書籍など出版物、あるいは新聞などの印刷物の電子配信は既存のビジネスモデルの破壊に通じ、出口の見えない議論に迷い込んでしまうと同時に配信事業者は‘フリー‘なるわけのわからない呪文をふりまき、コンテンツをいかに安価に仕入れてばら撒くか、それをえさにいかに利用者を囲い込むか、を考えているばかりである。
さて、コンテンツホルダーにとって紙で提供していたコンテンツをネットで配信することから新たに生まれてくるのは安く、広く、コンテンツを流通させられることだけだろうか? たしかに送り手と受け手だけの関係をみているとそのとおりである。
しかし、これまでの流通過程とネットでの流通過程を比較してみると紙の流通過程では得ようもなかったことがネット流通では得られることに気がつく。
そのいくつかをあげてみよう。
まず、これまでは出版社の場合は取り次ぎから書店を経由して読者に、新聞社の場合は販売店を通じて購読者に、一方通行で本なり新聞を届けていた。
その過程では、出版社も新聞社も誰が読者なのか、誰が購読者なのか把握していなかったし、把握できてもせいぜい読者アンケートによる把握であったからそれは読者のごく一部でしかなかった。
ネットの性格からこれまでの流通のように一方通行ではなく双方向であるがゆえに一日24時間常に出版社、新聞社は読者とつながっている。つながっているのだから、出版社、新聞社は読者は誰か知ることの出来る仕組みになっている。これまでの流通過程を通じたビジネスでは読者は不特定多数であり、出版社も新聞社にも顧客情報はサンプル以外持ち得なかった。しかし、いまやネットでつながることによってこれまでは不特定多数であった顧客が特定多数に変わる。また、読者とはつながっているがゆえに新聞の配達、あるいは書籍の販売だけでなくいろんな角度から読者である顧客に接触することが可能になる。
つまり、コンテンツをネット配信することにより顧客を知ることが出来、つながることができ、また、その読者のプロファイルを知ることができる。
たしかにネット配信になると値段が下がることで売り上げは低下するであろう。既存の紙のビジネスを捨てるわけには行かないから読者が紙からネットに移行すると既存のビジネスの採算はきびしくなり、既存のビジネスの売り上げの減少ほどネットの新規配信の売り上げは大きくはならない。したがって事業の収益性は悪化する。
ただし、ネット配信で得られる個々の顧客のプロファイルを活用するビジネスを起こすことが出来たらこれまでに無いビジネスの機会が得られる。
ところが、これはあくまでコンテンツホルダーが直接配信を手がけた場合の話しである。
コンテンツホルダーが自分で配信を手がけずに配信事業者に預けて配信してもらうと配信先の顧客データは配信事業者は得ているが配信を委託しているコンテンツホルダーにはその顧客情報は入ってこない。せっかくネット配信で得られる新たなチャンスを本来ならばアクセスしてくれたコンテンツの顧客であるはずの読者が中間の配信事業者に取り込まれてしまうのである。このような状況になってしまうとコンテンツホルダーはネットの世界に新たに事業を展開出来るはずの機会を配信事業者にうばわれてしまうのである。
配信事業者はコンテンツホルダーが提供したコンテンツへアクセスしてくれた読者の情報をコンテンツホルダーに提供すれば問題はない。ところが個人情報の機密とかの理由をつけて開示を拒むのが普通である。これではせっかくのネット配信の一番おいしい成果を配信事業者に持っていかれてしまうのがコンテンツホルダーのせいぜいである。このような損失を回避するにはコンテンツホルダー自身が配信事業を行うことである。
つまり、コンテンツ配信のプラットフォームをコンテンツホルダーが主体となってつくることである。つまり、出版社にとっても、新聞社にとってもネット配信を適切に行えば自分のこれまで見えていなかった顧客をはっきり知ることができ、把握することができるようになる。
そのようにして得られる顧客情報と個々の顧客との直接のつながりがネット化によってコンテンツホルダーが得られる最大かつ新たな資産であり、その資産の活かし方次第で大きな事業発展のチャンスができる。
世の中にはコンテンツホルダーはコンテンツの制作に徹して、配信は配信事業者に任せておけばよい、という人も少なくない。たしかにネットで配信するという部分だけみれば、いかにも専門分化で効率的に見える。しかし、この議論ではネット配信によってあらたに得られる大きな可能性を持った資産のことはまったく忘れられている。
出版社、新聞社のみならず、コンテンツホルダーがコンテンツのネット配信化によって、事業を衰退させてしまうか、発展させるかはこの新たに手に入る資産の活用の如何にかかわっている。

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