京が都だったわけ

2011年10月30日

久しぶりに京都に出かけた。
このところ京都といっても日帰りが多かったのだが今回は一泊。錦小路に近い三条烏丸のホテルに泊まる。
贅沢ではないものの新しくてとてもきれいなホテルが一泊9000円!これもデフレの影響か?
観光シーズンまっただなかの週末である。京都でちょっと長い時間タクシーに乗ることがあり、運転手さんといろいろおしゃべりをしていたら面白いことを聞いた。
天皇ご一家もそろそろ京の御所にお戻りになればいいのに、、、という。いかにも、ちょっと東京の仮住まいに出かけている、というような感じである。
どうして?と聞いたら、京は都としていろいろ考えて場所が選ばれている
ので、元々「沼地だった東京とはそもそもが違う、という。
まず、京を都に選ぶときに当然ながら地震が無いこと、台風の被害がないこと、外敵から守りやすいことでこの盆地が選ばれた、という。しかも琵琶湖を控えた盆地なので地面をちょっと掘れば水が得られるので飲料水が得やすく、水利が良く、火事のときにも水が得やすいので大火にならない、という。聞いてみれば確かになるほど、と思う。
そこでちょっと思ったのは、確かに奈良も盆地であり、地震の話もあまり聞かない。山に囲まれ、水利の良い場所である。
ところが難波京は大阪湾に近く位置していたためか、水害に襲われ、ほんの少しの期間しか使われなかった。鎌倉も海に近いが三方山に囲まれた盆地に近い地形である。
これまでの歴史を振り返ると東京だけがその立地が異なっていることが判る。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。