仕事でプライベートでと大変お世話になった廣瀬禎彦さん、今一度廣瀬さんが私たちに残した、いわば廣瀬イズム(主張とか、考え方とか、スタイルとか)って何だったのか、世話になった人たちで議論もしていましたが、私(橋本)なりに思う廣瀬イズムを、このサイトにアップされている約300編の廣瀬さんのブログ記事から、昨今の流行りでもある生成AI(チャッピー)を利用して探ってみました。以下、質問と廣瀬さん回答(廣瀬ブログからの生成AIによる回答)です。<実験中>/
●これからの日本社会はどうなっていく
これからの日本社会がどうなっていくのか、
正直なところ、はっきり言い切れる人はいないでしょう。
ただ、いくつか「たぶん避けられない流れ」は見えている気がします。
まず、人口が減り、高齢者が増える。
これはもう議論の余地がなく、静かに、しかし確実に進んでいます。
ただし、高齢者が増える=社会が弱る、とは一概には言えません。
元気な高齢者も多いですし、
時間と経験を持った人が増える、という見方もできる。
問題は人数そのものより、
それを前提にした社会の設計に切り替えられるかどうかでしょう。
次に、成長より「持続」が重視される社会になると思います。
右肩上がりの経済を前提にした仕組みは、
すでにあちこちで無理が出ています。
これからは、大きく伸ばすより、
壊さずに続ける、という価値観が中心になる。
派手さは減りますが、その分、
生活の現実に近い議論が増えるかもしれません。
技術については、
日本は「新しいものを最初に作る国」から、
「うまく使いこなす国」に近づいていくように感じます。
AIやロボットも、何かを置き換える存在というより、
人手が足りない部分を静かに埋める役割になる。
目立たないところで役に立つ技術、
そういうものが評価される社会です。
一方で、人と人との距離は、
広がるようでいて、別の形で近づくかもしれません。
地域や会社といった大きな枠は弱くなりますが、
趣味や関心ごとでつながる小さな集まりは増える。
2.7メートルの道の話ではありませんが、
距離が近すぎても息苦しいし、
離れすぎても無関心になる。
その間をどう保つかが、日本社会の試行錯誤になる気がします。
全体として、日本は
「強くて速い社会」から
「遅いけれど、しぶとい社会」へ向かうのではないでしょうか。
それは決して後ろ向きな変化ではなく、
年を重ねた国なりの落ち着き、とも言える。
まあ、思い通りにはいかないでしょうし、
途中でいろいろ転びもするでしょう。
それでも、案外その都度、
なんとか帳尻を合わせていく。
日本社会というのは、
そういう国なのかもしれません。
●若者に贈るメッセージを
「急がなくていい。ただし、立ち止まっている理由だけは、自分で説明できるようにしておきなさい。」
速さを競わされる時代ですが、
本当にあとで効いてくるのは、
自分なりの歩き方を言葉にできる力だったりします。
遠回りでも、その理由があれば、
それはちゃんと前に進んでいます。
●日本と米国との関係はどうなると思いますか
日本と米国の関係は、これからも「続く」と思います。
ただし、かつてのような分かりやすい形ではなく、
少し温度の違う、現実的な関係に変わっていくでしょう。
戦後長く、日本にとって米国は
「頼れる同盟国」であり、同時に
「どこかで答えを示してくれる存在」でもありました。
安全保障、経済、価値観。
良くも悪くも、米国の動きを見ていれば
日本の立ち位置が決まる、という時代が続いてきた。
ただ最近は、米国自身が
世界の「まとめ役」でいることに疲れ始めている。
内向きになったり、
政権が変わるたびに方針が揺れたりする中で、
日本も「任せきり」ではいられなくなっています。
これからの関係は、
主従というより、
「利害が重なる部分で組み、ずれる部分は調整する」
そんな大人同士の付き合いに近づく気がします。
安全保障では引き続き重要な同盟ですが、
経済や技術、環境の分野では、
日本が自分の判断で動く場面が増えるでしょう。
面白いのは、距離が少しできた分、
かえって関係が長持ちする可能性があることです。
何でも一緒、ではなく、
違いを前提にした協力のほうが、
実は壊れにくい。
日本はこれから、
米国に「どう守ってもらうか」だけでなく、
「どう一緒に面倒な世界をやり過ごすか」を
考える立場になっていく。
それは責任が増える分、
自由度も増える、ということでもあります。
まあ、緊張がなくなるわけではありませんし、
時々、振り回されることもあるでしょう。
それでも、日本と米国は、
完全に離れるほど他人でもなく、
何でも分かり合えるほど身内でもない。
その微妙な距離感のまま、
当分は続いていく。
そんな気がしています。
