かかとの話

2012年10月18日

かかとはからだの部分のなかで好きな部分である。
何も自分の足のかかとに限ったことではなく、一般にかかとのかたちが好きである。
そんな私の右足のかかとに異変が起きたかかとは機能的な美しさをもっている。
誰のかかとにもぜい肉がない。
たとえ、90センチを超える腹囲のメタボのオヤジでもかかとだけはきりりと筋肉質の、丸みを帯びた、機能的なかたちをしている。
そんなかかとだが、実はこれは我々が二足歩行の哺乳類である証拠のひとつでもある。
嘘だと思うなら、もし、そばに猫でも犬でもいたら彼らの足を見てみると良い。
彼らの足にはかかとは無い。ひょっとしたらチンパンジーにはかかとがあるかもしれない。
犬も猫も、その他の四足で歩く動物にはかかとがないのでかかとを着いて歩くことはない。
面白いことに、歩き始めた子供を観察してみると、かれらは足の前半を着いて歩いたり走ったりしている。そもそも、生まれて、立ち上がった初期にはかかとを着いて歩くということは無いのである。
かかとは、従って、なんとなく生物的には人間が人間的に動き出したことから機能しはじめたのかもしれない。
そういえば、日本のわらじにも草履にも下駄にも、かかとという概念はない。
ひょっとしたら日本人がかかとを歩くときに重用しだしたのは西洋からかかとのついたくつがはいってきてからかもしれない。そんなわたしの右足のかかとに異変が起きた。
痛いな、と思いながら我慢して歩いていたら、ある日、歩けなくなるほどの痛みに襲われた。それでも2、3日、だましだまし歩いていたのだが我慢できなくなり生まれて初めて、整形外科に行って見てもらった。
レントゲン撮影をされ、その写真を見せられて、ふたつのことに驚いた。
かかとの骨が変形して小さな角のようなものが生えているのである。その近くにちいさな裂傷がある。角が生えているだけのあいだは我慢できていたのだが、この裂傷ができて、急に痛みがひどくなったらしい。
{先生、これは高齢化現象のひとつですか}、最近、医者にいくと、高齢化現象の一言で説明され納得させられたことが多いので、今日はこちらから聞いてみた。
{いや、歩きすぎですよ。ずいぶん前から傷んでいたでしょう。歩きすぎ、歩きすぎ}
{歩くのは減らして運動したいのなら水泳をしなさい。水中歩行でもいいです}
という御神託を得て、頑丈にテーピングされ、‘早く治したかったら歩かないことが一番ですよ‘といわれた。それから2週間、どうしても出かける必要のあるときは家のそばからタクシーで出かけ、タクシーでもどることで不便をしのいだ結果、ようやくテーピングが外され、少々不自由ながらも、歩き始めている。
もうひとつの驚きはレントゲン写真に撮されたかかとの部分の骨の構成が思ったよりもずっと複雑だったことである。
こんなに複雑な構造なら、やはりそれなりの年になったらその構造を意識して使わなければ、と認識して、いまや、歩くのに適した弾力性のある底の靴に、さらにシリコンのかかと、女性の胸に入っているものと同類らしい、クッションを入れている。
このシリコンのかかとクッション、なかなか快適である。
何度か通販カタログで見ていたのだが買う決心には至らなかったが、今回購入して使ってみたらその快適さに感激である。
ちなみに、このクッションを入れていないスニーカーで歩くと、今日現在はまだ足が痛む。

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