セカンドライフはどこにいった?

2009年12月11日

セカンドライフ。まだ、覚えている人はいるだろうか?
ネット上のバーチャルワールドサービスだった(過去形)。
少なくとも、3年前はネットの話題ではとても大きな話題のひとつだった。
セカンドライフ。
その名前が登場したときは、自分はもう60歳を過ぎていたので人生のセカンドライフに関係したなにかではないか、とおもって変に反応したことを覚えている。
せいぜい、3年前ではなかったか?ネット系雑誌だけでなく経済誌も何もかも、どこかの大手企業がセカンドライフにビルを建てると日経新聞などの大手新聞がニュースとしてとりあげるほとの話題だった。ところが、、、、いま、だれか覚えているひとは?
なぜ、セカンドライフは立ち消えになったのか?3年前にメディアがこぞって取り上げた‘セカンドライフ‘で世界はこんな風になる、という記事よりも、じつは今の時点でなぜ‘セカンドライフ‘は定着しなかったのか、を調べ分析し記事にするほうがネット社会の発展に貢献するはずだがもはや、メヂア自身が自分たちが3年前にもてはやしたことも忘れている状態である。ここで、ひとつの教訓がある。メディアは伝える。場合によってはもてはやす。
しかし、そのことについて振り返って評価することはまずない。言いっぱなしである。
聞くほう、あるいは見るほうもそのように理解してうけとめる知恵が必要である。メディアの言いっぱなしを攻めるよりはそれに対処する自分の姿勢を作るべきである。
さて、セカンドライフをテーマにしてスタートしたのだからまず、これを整理してみよう。
‘セカンドライフ‘はなぜ定着しなかったか?ひとつは町は作ったけれど、人はそこに行かなかった。人とは観客、訪問者などなどである;。町を作ってもゴーストタウンなら人も行かない。セカンドライフのベースはネット上のバーチャル名不動産を売っていたモデルである。
もし、土地を買ってショールームをオープンするときは何を基準にその場所を探すか?
それはその場所の持つ集客能力である。セカンドライフの不動産にはその集客が保障されていたか?
あるいは通常の不動産のようにそこでの通行人の数、あるいは交通の便による差別化があったか?リアルの世界をシミュレートしたのだが、それはネット上でシミュレートした時に不動産としてリアルにはない価値付けがなされたか?単に現実をシミュレートしただけに終わっていなかったか?
今も毎日、いろんな新しい技術サービスがネットの世界に生まれている。
セカンドライフのように出て来ては消えていくものもあり、長続きするものもある。
それが長続きするいわゆる本命なのかどうか、セカンドライフの例にもあるように短命なのかなかなか判断は難しい。
メディアのもてはやしているのをそのまま信じていたらとても時間も体力もない。しかし、その中には玉があるのも事実である。そんな時、どうすればよいか?
私の場合はマまず、使ってみる。使ってみて自分なりに取捨選択する。触らず、使わず判断を下す、ということは出来るだけ避けている。
今、私のテストベッドに乗っているのはTwitterである。これもどうなるか、、、、
将来のために、これをもてはやしている雑誌の記事は切り抜いてスクラップしている。
2,3年後に読み直すのが楽しみである。セカンドライフのときはうっかりスクラップしていなかったのが今となっては残念。

伝えることと作ること

2009年12月11日

伝えることと作ることとは異なる。当たり前のことであるし、誰もが当たり前だとおもっている。ところが実際にその区別がついているのだろうか?
伝えることと作ることは違う。伝える人と作る人はちがう。当たり前である。
ところが、我々が接するのは多くは伝える人からのメッセージである。これはメディアに限ったことではない。普通の仕事でも情報を伝えるひととその中身を作り出す人とがいるのだが、その中身を伝rえるのは往々にして情報を伝えれう人であり中身を作る人ではない。
そこで、時として面白い誤解が生じる。情報を伝える人を作る人、あるいは作れる人と見てしまうのである。つまり、伝える能力のある人を作る能力のある人と勘違いしてしまうのである。さらには、作る人の情報伝達あるいは表現能力よりも伝える人の表現能力のほうがほとんどの場合優れている。したがって、ますます表現する人を作る人と思ってしまう。
このことの危険な点はいくつかある。伝える人にとっては伝えることに関しての一貫性は必ずしも無い。
伝え方、あるいは伝える姿勢には一貫性があるだろうが、伝える内容には一貫性もないし、その必要も無い。
たとえば、あるときは自動車について伝え、あるときは自転車について伝えるのが同じ人であるが、自動車を作れる人でもなければ自転車を作れる人でもないのが普通である。
一方で、自転車を作る人は自動車をつくr人でもなければ着る物を作る人でもない。自転車つくる人である。
この程度なら自転車をよくしてっている人に自転車つくりは頼まない。自転車つくりを頼むのは自転車をつくる人に頼む。ところが、そのあたりがはっきり見分けがつかないと、情報をつたえるひとにその中身のことをたのんだり、あるいは中身をつくるひとにその人の専門外の情報を期待したりする。
これまでのメディアのようにメディアに登場して情報を伝える人の顔がはっきり見える時代は比較的伝える役割の人について識別が容易だった。
ネットが発達しネットがますますメディア化すると、そこの判別がつきにくくなり、うっかり混同してしまうことが多くなってきているのでは?
簡単な例を見ると、編集者と作家である。編集者は本をつくる。本のことをよく知っている。作家についても評論も出来る。しかし,小説を書けるのは作家であって編集者ではない。そこをうっかり編集者をみて小説が書ける、とおもってしまうことはないか?
レコード会社のディレクターとアーティストの場合。レコード会社のディレクターは自分の担当しているアーティストに突いてよく知っているし、音楽とはなんぞや、ということについて
語るとエキスパートである。アーティストは自分が歌ううたについてはよくわかっているが、ある意味で人が歌う歌はそれほど知っている訳ではない。
音楽の知識が豊富なレコード会社のディレクターに作詞とか、作曲とか演奏を頼むとしたら、それは間違いである。しかし、ひょっとひたらあ優れた演奏も出来るのではないか、とおもってしまいかねなk。
つたえる人と作る人、それぞれ大事な役割を持っている。しかし、うっかりするとその役割を混同してしまいかねない。特に姿かたちが見えにくいネットの上では、、、、この人は伝えている人なのか、作っている人なのか、、、よく見極めよう。
この話、更に深めていくと素人と玄人の見分けにも及んでくる。最近は素人と玄人の見分けも難しくなった。いろんな分野で素人と玄人の垣根が低くなっている、あるいは区別がはっきり無く、連続的になってきている。
そこで必要になるのは、信頼できる評価の仕組みなのだろうか?もうひとつ、自分の今のニーズには素人に近い人のスキルでもたりるのか、本当の玄人が必要なのか、自分のニーズをはっきりさせることがまず、大事なことなのだろう。
さっそく、周りを見て、あの人は伝える人なのか、作る人なのか、そこそこ素人なのか本当の玄人なのか、、、人間ウオッチングを楽しんでみないか。

目黒銀座

2009年12月 7日

中目黒に古くからある商店街。古い個人商店が何軒も残っている。
中目黒といえば、しゃれたレストラン、ヘアサロン、ファッションブティックの街として見られる。
不動産屋のガラスに貼られている借家の広告をみていると、このあたりはワンルームマンションがとても多いことがわかる。
不動産屋の人に聞くとそれでも需要に対してはとても足りないと言っている。
いったん入ったら長く借りている人が多く、なかなか空き物件が出ないそうである。
中目黒はいい具合に新旧が混在している。東横線の横浜に向かって左側、つまり駅の南側に古くからの商店街がある。
目黒銀座という。私が中学生のころはここしか商店が無かった記憶がある。そのころは、毎月決まった日に屋台の夜店が出る商店街だった。
この商店街にはまだまだ多くの個人商店が残っている。個人の家電店がお互い筋向いに向かい合って2軒、お茶屋さん、瀬戸物屋さん、本屋さん、それも新本を売る店と古本を売る店と、、、いずれも50年はここで商売をしている店である。
その中に、ポツポツと新しい店がある。目立つのは焼肉やだが、最近評判なのは野菜でつくるケーキ屋。そうそう、もう一軒、これだけははずせない店がある。鍵の専門店である。
店の看板が大きな錠前の形をしているので歩いているとすぐわかる。

日本と中国

2009年12月 7日

最近、中国への関心が、自分の中で強くなっている。
これまで自分の目の先はほとんどUSだったが、、、、
中国に関しては何も判らないのでとりあえず日本と中国との比較
をはじめている。
日本と中国を比較するに当たって、日本で起きたことが中国では
どんな時期にどのように起きているのかを見ることから始めている。
2008年に中国では北京オリンピックがあった。
日本でオリンピックが開催されたのは東京で、1964年のことである。
年数の差は44年。
日本では1970年に大阪千里で万博が開かれた。
中国では2010年に上海で万博が開かれる。
この年数の差は40年である。
年数の差が縮まっているところも注目しなければならないが、
おもしろいのは オリンピックは東京と北京、つまり首都でおこなわれ
万博は大阪と上海、つまりそれぞれの国の代表的な商業都市で
おこなわれていることである。
日本の1970年ごろの経済成長は目覚しかった。たぶん15%以上
だったかもしれない。いまの中国の沿岸部の経済成長は30%だと
言われている。日本の当時を思い出して考えるとその二倍の経済成長が
たとえ局部的だといっても起こっているすさまじさに驚く。
今の日本ではなかなか中国のことを統合的かつ包括的に知る手段が
ない。とても近いところでこんな爆発的な変化がおきているのだから
もっとマスの中国に関する情報が定期的に必要なときにきている。

COP15

2009年12月 6日

今週からデンマークのコペンハーゲンで世界環境会議、COP15がはじまる。
今朝のテレビではさっそくヨーロッパの各地で始まった環境保護運動家たちの状況を伝えていた。
COP15というタイトルから、この環境会議は15回目なのだろう。京都議定書を制定した京都での環境会議もこのCOPシリーズのひとつ。たしか、COP12かCOP13だった記憶がある。今回の会議の場所はデンマークのコペンハーゲン。コペンハーゲンといえば先ほど2016年のオリンピックの開催地の選考会議が行われた場所である。
メディアの報道などを見ていると今回のCOP15ではCO2削減基準の新たな設定など明確な前向きの結論なり方針は出ないだろう、という悲観的な見通しである。早くも悲観的な見通しが出ているのは参加各国への会議事務局の根回しが既にかなり進んでおり、その状況では新たな施策が出てくるまでに根回しがいたっていないからだろう。そうはいっても、今朝のテレビの海外ニュースに出てきたヨーロッパ各地の市民運動の様子はかなりの盛り上がり方である。街の真ん中に大きなガラス張りの水槽を作り、その水槽には首まで浸かった4,5人の人がテーブルを囲んで会議をしている。
4,5人はヨーロッパの各国の首相、大統領の似顔絵の仮面をかぶっている。
この水槽のパフォーマンスが伝えたいメッセージは地球温暖化が進み、水面、つまり海面が上昇するともう人がおぼれるところまできているぞ、ということと、それはヨーロッパの首相、大統領にとっても水におぼれそうだという認識で真剣に取り組め、ということなのだろう。
市民運動のパフォーマンスは斬新で創造的で判りやすく面白い。あるいみで会議の議論よりも現状を本質的に表現している。まずは現状の正確な認識とその共有が重要であるがそこで市民運動の果たす役割は大きい。
東京でもだれか、環境問題をアピールするパフォーマンスをやるのだろうか。
最近、静かで話題の少ない歌舞伎町のど真ん中で温暖化防止の活動なんてどうだろう?
おもしろいパフォーマンスができるのではないだろうか?

マングローブ

2009年12月 1日

東京海上日動火災では1999年からエコロジー活動としてマングローブの植樹を
行ってきて、今年で早10年となる。今朝の新聞に2ページにわたってマングローブの植樹によるエコロジー活動の記事広告が出ていた。
東京海上日動火災保険は1999年からエコロジー活動としてマングローブの植樹をすすめてきたそうである。今年でもう10年をこえている。
その間に植樹された面積は5900ヘクタールという。この5900ヘクタールのマングローブが固定するCO2の量はなんと年間で3万トンだという。今回、東京海上日動火災では保険契約のときに添付する約款の小冊子を印刷物をやめてウェブサイトからの情報だけにした。これによって、一冊の小冊子についてマングローブの木2本分のCO2削減に貢献するという。
さきの、5900ヘクタールの植林で年間に3万トンのCO2が固定されるということはおおよそ1ヘクタール当たり5トンのCO2を固定する能力をマングローブの林は持っていることになる。身近なCO2の排出量がマングローブ何本の能力で相殺できるのか、いろんなものについてマングローブ換算値という尺度を普及させたらCO2削減活動はもっと身近な運動になるだろう。

またまた銀座日記

2009年12月 1日

銀座日記は池波正太郎の晩年の数年間の日記である。今の時代でいえばまさにブログの内容。
主な内容は書いているものと朝昼晩の食事と試写会情報。

先にも書いたがこのところ毎日数ページずつ池波正太郎の銀座日記を読んでいる。
なぜ、毎日数ページずつか、というと風呂の中で読んでいるから、そんなにたくさん読めない。今日読んだページの日記は1989年の正月であった。池波正太郎は1923年の生まれであるから66歳の正月である。ちょうど私の今の年齢。
自分と同じくらいの年齢のときの日記なので今の自分と比較して読めるので余計おもしろい。
今日読んだページではこのところの体力の低下を嘆いている。このところ、体力の衰えとか、視力の衰えとかのぼやきが多い。
しかし、不思議なことに、物忘れなど記憶力の減退、読書力の減退、にかんしてのぼやきは無い。時々原稿を集中してかけない、という集中力の低下について墓かれているが、、、
この日記を読んで驚くのは池波正太郎の恐るべき食欲である。食欲が減って着た、という記述がこのところ頻繁に出てくるが、減退状態は私のほぼ通常の状態である。作家はほとんど座っての仕事であろうから、こんなに食べてほんとによいのだろうか、と思うほどである。毎日の食べたものの話を読むだけでもおもしろい。60代の人にとくにお勧めしたい本。

日銀の責務

2009年11月30日

円高が相変わらず進んでいる。物価も下がっている。この状況において日銀の責務とはなんだろうか?日銀という中央銀行は何のために存在するのか?
今日もまた一ドル86円である。テレビの番組を見ていると総理大臣が閣僚を集めたり、日銀の総裁が発言したり、テレビのニュースステーションでは日銀が国債を買えばよいのだ、というハウツーの議論を展開していたり。
こんな状況の下で誰が何をすべきなのか、それぞれの責任をはっきり見極めるべきではないのか?
日銀の責務は通貨を発行して国債を買うことではない。その責務は通貨価値の安定である。
その手段は何であろうと通貨価値を安定させることが日銀の責務である。
したがって、日銀の総裁に聞きたいことは国際を買うとか買わないとかいうことではなく円の通貨としての価値をいかにして安定化するか、である。
この段階でハウツーの議論に入ってしまうと問題の本質を見失う危険がある。

880円

2009年11月30日

最近はまっている880円のワイン。
これでもロバートモンダビ、ウッドリッジというブランド。東急系のスーパーにある。絶対のオススメ。

デフレ

2009年11月29日

デフレ宣言が出た。デフレってなんだ?いまひとつよくわからない。
よくわからないと手の打ちようが無い。世の中、デフレだそうである。
政府が宣言したのだから、たしかなのだろう。そのデフレの説明は消費者物価の継続的な低下であるからだそうだ。物価が低下するからデフレなのか?
物価がさがる、というのはデフレの結果ではないのか?その結果のもととなる要因は?
デフレという状況に至っているのはモノを買わなくなっているから、、、買えなくなっているから、、、、だから、値段をさげても買える値段にまでならないと買わない。買わないで済ましていると買わないことが習慣になりつつある。
いままで、なにか、買っていたことがなぜか、と疑問をもつようになる。買うということ、つまり消費するということに疑問を持ち出すと値段が下がっても買わなくなる。
若いときはともかく、人間年をとってくると少しは賢くなる。しかも年とともに見栄を張らなくなり、必要と不必要の判断も出来るようになる。社会全体が高齢化してきている。ある意味でみんなが賢く経験をつんできている。年をとってくると若いころ必要だったものも必要なくなりまた、将来のために持っておこう、買っておこう、という気にもならない。
長持ちするものがよい、ということからもとおざかってくる。今の役に立ってくれる今の生活に必要なものがありさえすればよくなる。
高齢者が人口の四分の一を超えてきている。つまり、こんな考え方をするような人が四分の一からまだまだ増えていく。消費者の間にものを必要としなくなり、モノを買わなくなってきていることがデフレのひとつの要因では?高齢者が欲しいものは?
そこに需要がありそこに消費者市場が新たに出来ているのでは?既存の市場ではデフレでも新しい市場を作ればそこではデフレではない世界があるのでは?物価の操作だけではこれからのデフレは解消できないのでは?消費市場の転換が基本的なデフレ対策なのではないだろうか。